昆布の島に生きる、ひとりの男の物語
北海道・利尻島。礼文水道に浮かぶこの小さな島で、50年変わらぬ暮らしを続ける漁師がいる。名は、神成誠さん。先代から続く昆布漁師として生計を立てながら、いつしか昆布の加工・販売にも取り組むようになった。

「神兵衛(じんべえ)」は、利尻昆布の“もったいない”を価値に変える加工所だ。出荷規格に合わない切れ端や傷のある昆布を、焼き昆布や出汁用昆布などに加工して、無駄なく使い切っている。選別、乾燥、袋詰めまですべて手作業。「最後まで生かしきる」という漁師としての素材への愛情が、神成さんの基本姿勢の根本にある。昆布の品質はもちろん、パッケージにもこだわるなど、「昆布を手に取る消費者」への温かな気持ちが、ふるさと納税返礼品としての魅力となり、全国からの支持を集めている。

地域と生産者の“翻訳者”スプレスとの出会い
神成さんの商品づくりの「伴走者」であるという「(株)スプレス」は、北海道札幌市に拠点を置く地域支援の専門家集団だ。地方の生産者と都市部の顧客との間にある“伝わらなさ”を解消するため、商品の背景や想いを丁寧に掘り起こし、言語化して届ける――いわば「翻訳者」としての役割を果たしている。
売れるか売れないかだけでなく、“なぜこの商品が生まれたのか”を生産者の営みや声から丁寧に汲み取り、商品のデザインや説明文章に落とし込む。商品開発からふるさと納税の運用、広報、顧客対応まで一貫して担うことで、漁師が漁に、加工業者が加工業に専念できるよう支援する。
代表・加納さんは「地域側の事情や温度感を知る自分たちだからこそ届けられる〈ストーリー〉がある」と語る。たんに大量販売を目的とするのではなく、信頼と関係性に基づく「ロングヒット型」の着実な経済目標を目指して、スプレスは日々、現場に耳を澄ませている。

出会いは、同級生からの一本の電話
スプレスとの出会いは、ふるさと納税返礼品の立ち上げに関わっていた地元役場の職員――実は神成さんの同級生――からの紹介だった。「スプレスっていう会社があってさ。外とのやりとり、全部手伝ってくれるよ」。
当時の神成さんは、ふるさと納税については「完全な素人だった」と言う。ネットも苦手。クレーム対応? 梱包? 顧客対応? すべて未知だった。「でも、加納さん(スプレス代表)と話してみたら、やってみようって思った。最初は商売というより、人として付き合えるかどうかが大事だった」
「こういう昆布があるんだけど、なんか作れないかな?」――と、神成さんがスプレスに投げかける。スプレスが企画を受け取り、社員みんなでネーミングやパッケージを検討。写真撮影からオンライン掲載文の執筆、価格設計、物流オペレーションまでを行う。
たとえば「焼き昆布」。ただの昆布ではなく、誰もが手軽に手を伸ばせる商品を作りたいという神成さんの相談をスプレスのチームが受け取り、袋の見せ方やサイズ感、ネーミング案を複数出し合い、最終的なデザインに落とし込んだ。
「なんかね、会社に商品を預けたら、社員さんみんなで“育てて”くれる感じ。昆布って、育てるもんじゃないと思ってたけど、あれは“育てる”って言っていい」

たんなる商売ではなく、“縁”を大切にした経済へ
神成さんは、商品を「売りたい」というより「ちゃんと伝えたい」と思っている。「こっちは島の大切な昆布を100%使ってる。だからその分の対価はもらう。安売りじゃ経営が成り立たないし、経営が成り立たなければ生産活動を続けられない。こっちで値段決めるって言ってるのは、“続ける”ための覚悟の表れなんだ」こうした生産者の想いや意志にスプレスは共感し続けてきた。価格交渉の場面でも、「生産者の想いをどうやって“正当に”届けるか」を軸にコミュニケーションを設計する。そのスタンスが、神成さんの信頼を揺るぎないものにしている。

スプレスは“顔の見える”仲間である
何かあればすぐに連絡を取り合う、まさに家族のようなパートナーシップが築かれている島の昆布屋「神兵衛」とふるさと納税中間事業者の「スプレス」。いま、神成さんの商品は全国に届けられている。なかには九州や沖縄から「利尻昆布が欲しい」と寄付してくれる人もいる。
「ネットがなかったら、ふるさと納税がなかったら、こんなことはあり得なかったよね」

彼の背中を押し、島の昆布の可能性を広げたのは、スプレスという“縁の拠点”だった。
「評価なんてできねえよ。ただ、形にしてくれてありがとう。それだけなんだよね」
北の離島にいながら、全国とつながる。売るためだけじゃない、語るための商品づくり。そこにあるのは、商売以上の、縁と信頼の“海”だった。
コメント